1917年、シカゴ市で保険代理店を経営していたメルビン・ジョーンズは、単なる商売上や社交上の繋がりだけにとどまらず、地域社会を良くするために、一つの全国的組織をつくるよう、他の色々なクラブに呼びかけるべきではないか、と問い時所属していた実業家社交クラブの会員を説得しました。
こうして呼びかけられたグループの中に、インディアナ州エバンスビル市に本部を持ち、W.P.ウッズに率いられたライオンズクラブ協会がありました。6月7日の会合開催時には、既にライオンズクラブが幾つか存在しており、中には1916年に結成されたクラブも少数ありました。これらはローヤルオーダー・オブ・ライオンズと呼ばれ、今はもう消滅してしまった友愛組織から生まれたクラブでした。
メルビン・ジョーンズ所属の実業家クラブと他の幾つかのクラブが、ライオンズの名で団結することに同意し、10月にはテキサス州ダラス市で大会が召集されました。九つの州の22のクラブを代表する代議員36人がこの呼びかけに応え、「ライオンズクラブ」の名称を承認し、初代会長としてウッズを選びました。
有力指導者であったメルビン・ジョーンズはライオンズ協会を創立し、1964年にその生涯を閉じるまで、ライオンズと共に人生を送りました。
ライオンズの目的と道徳網領はいずれも、物質至上主義の時代としては驚くべきことに、利益よりも奉仕を優先させ、自分の職業遂行にあたって最高の水準を維持するよう、ライオンズを激励するものでした。
地域社会の指導者たちはやがて、アメリカ国内の各地にクラブを結成し始めました。そして1920年にカナダのオンタリオ州ウィンザー市でクラブが結成され、協会は「国際」組織となりました。その後メキシコ、中国、キューバでクラブが結成され、1927年までに、1,183のクラブに60,000人の会員を擁する存在となりました。
1935年に、中央アメリカで最初のクラブがパナマに誕生し、翌年には南アメリカ初のクラブがコロンビアで結成されました。1948年に、スウェーデンとフランスにクラブが結成されてヨーロッパが協会の仲間入りをし、1952年には日本で最初のクラブが結成されました。元の共産圏諸国では、1989年に初めてハンガリー、ポーランド、エストニアでクラブが結成されて、ライオニズムへの障害が取り除かれました。
1990年には、モスクワ市のクラブにチャーターが交付され、かつてはボランティア活動に道を閉ざしていた国々で、現在100以上のライオンズクラブが奉仕の価値を実証しています。
|