『コノハナサクヤヒメ伝説』にまつわる地名の紹介

■富士山本宮浅間大社■ >富士山本宮浅間大社HPへ
富士山本宮浅間大社間大社は、富士山そのものをご神体とした信仰に始まったものです。
美しい富士山にふさわしい美貌の女神、コノハナサクヤヒメが祭神だといわれてきました。
浅間大社の境内からは富士山からの湧水が湧き上がり、神田川となって流れています。本殿の後ろにある神立山の溶岩の間からは、富士山の雪解け水が湧き出ている、特別天然記念物の湧玉池があります。水温は四季を通じて14度、湧水量も豊富で市内を流れる神田川の水源となっています。
毎年5月には、源頼朝の「富士の巻狩」から始まった「やぶさめ祭」11月の豊饒祭があり、すばらしい祭囃子の音色をぜひ聞きにきて下さい。
■若の宮神社■
彦を祭る「若の宮神社」
若之宮浅間神社は城山公園の一角にあります。若之宮とは、祭神の浅間第一御子神のことです。若宮というのは一般的には本宮の祭神を新しい土地に勧進するときに、その御子神を祭ったことによるといわれています。
■二ノ宮神社■
彦を祭る「二ノ宮神社」
二之宮浅間神社は浅間大社西門より北に向かう坂道を登りきったところにあります。
浅間第二御子神を祭った神社です。
■福知神社■
の花咲くや姫の父、大山津見の大神を祭る「福知神社」
延喜式神名帳(927年成立)に、「富士郡三座 倭文神社 浅間神社 富知神社」と記されています。その富知神社が、福知神社であろうといわれています。
神社の前には、「富知神社」と刻まれた天保3年(1832)の石碑が建っていて、現在の浅間大社の社地が、かつて富知神社の社地であったといわれ、古くから富士山の神を祭ってきた富知神社の社地に、新たに富士山を祭る浅間神社がおかれ、富知神社が現在地(福知神社)に移されたのではないかと考えられています。
「富知神社」の石碑の近くに、貞享5年(1688)造立の地蔵や菩薩立像・甲子などの石造物があります。
神社の参道が渋沢用水を渡る所には、市内でも数少ない石橋(写真)が架けられています。

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